スイスから帰国する際の確定申告

スイスで給与収入がある人が、スイスから転出する際の所得税・資産税の支払いについて。

私は2023年7月まで、 チューリッヒ州に永住権(独: Niederlassungsbewilligung, 英: C permit)の資格を得て滞在し、 スイスの現地法人に雇用されて給与収入を得ていました。 帰国に際しての所得税・資産税の支払いについて記録を残しておきます。

なお州や滞在許可の種別などが異なる場合、 大枠のプロセスは同じでも細部が異なる可能性があります。

(2024年8月11日一部更新)

目次

TL;DR

  • スイス出国までに地方税の予定納税が必要です。
  • スイス出国前に、スイス国内に在住する人を代理人として届け出る必要があります。 スイス出国後の税務局からの通知は、すべてスイス国内の代理人に送られます。
  • スイス出国後にも納税や還付手続きが発生するため、スイスの銀行で開設した口座は当面維持しておいた方が良いです。

通常の納税プロセス

まず、転出しない場合の通常の納税プロセスを振り返っておきます。

永住権を有する場合、 居住者は翌年3末までに前年の所得税・資産税の確定申告を行い、 それを元に税務局が連邦税 (Direkte Bundessteuer) と地方税 (Staats- und Gemeindesteuer) を確定します。

ただし納税額が決まってから一括で支払うことになると金銭的負担が大きいので、 通常は税額が決まる前に暫定の金額で納税を行っておき、 確定後に最終的な税額との差額を精算します。

連邦税

  1. 毎年1月に、州税務局 (Kantonales Steueramt) が以前の所得・資産額に基づいて前年の所得・資産額に対する税額を推定し、納税者に「暫定課税請求書」(Provisorische Steuerrechnung) という書類を送って通知します。納税者は、その金額を暫定で納税します。

    • 余談ですが、スイスでは給与は年間支給額を13等分し、1から12月まで1/13ずつ、12月に2/13支払うのが一般です。 12月に多く支払われる分は、年末年始の出費や1月に連邦税の予定納税に充てられることが多いようです。
  2. 3月上旬までに、銀行・保険会社・雇用主などから前年の所得税・資産税の確定申告に必要な書類が納税者に送られてくるので、納税者は3月末までに確定申告を行います。

  3. 州税務局が確定申告の内容を精査し課税対象の所得・資産額が確定すると、納税者に「査定命令書と課税請求書」 (Veranlagungsverfügung und Steuerrechnung) を送ります。私の場合は、確定申告した翌年の1月に送られてきました。

  4. 暫定で納税した額と最終的に計算された連邦税に差がある場合には、納税者が追加で納税、あるいは税務局が過払い分を還付します。

地方税

  1. 毎年第1四半期に、基礎自治体の税務局が以前の所得・資産額に基づいて今年の所得・資産額に対する税額を推定し、納税者に「暫定課税請求書(支払い案内)」(Provisorische Rechnung (Zahlungseinladung)) という書類で通知します。 この書類には、次の銀行振込用紙が同封されています。

    • 一括で全額を予定納税する。
    • 6月、9月、12月の3回に分けて予定納税する。
    • 任意のタイミングで任意の金額を予定納税する。

    大抵の人は地方税を6月、9月、12月の3回に分けて予定納税します。 1月には連邦税の予定納税があるため、こうすると四半期ごとに納税することになり、 支払いが安定するためです。

  2. 3月上旬までに前年の所得税・資産税の確定申告に必要な書類が銀行・保険会社・雇用主などから納税者に送られてくるので、納税者は3月末までに確定申告を行います。

  3. 税務局が確定申告の内容を精査し課税対象の所得・資産額が確定すると、納税者に「最終課税請求書並びに査定通知書」(Schlussrechnung und Einschätzungsmitteilung) という書類で通知します。私の場合は、確定申告した翌年の2月に送られてきました。

  4. 予定納税した額と最終的に計算された地方所得・資産税に差がある場合には、納税者が追加で納税、あるいは税務局が過払い分を還付します。

転出時の納税プロセス

最終的な納税額の計算方法

通常の納税プロセスでは、 最終的な納税額は年内の所得・年末の資産額から計算されます。 しかしスイスは連邦税・地方税とも累進課税(所得が多いほど税率が高くなる)なので、 年の途中で転出した場合に単純に1月1日から転出日までの所得を使って税額を計算すると、 税額が過小になってしまいます。

仮に年間所得が5万スイスフランだと税率12%、10万スイスフランだと税率24%だったと仮定しましょう。 このとき年間所得が10万スイスフランの会社員が丸1年間スイスに滞在していた場合、 税率は24%となり税額は10万×24%の2万4千スイスフラン(毎月2千スイスフラン)です。

しかし6月末日で転出した場合、 それまでの所得は5万スイスフランです。 単純に所得から税率を計算すると12%となり、 税額は5万スイスフラン×12%で6千スイスフラン(毎月1千スイスフラン)に減ってしまいます。

転居することで節税できないように、 スイスでは年の途中で海外転出した場合、 「1月1日から転出日までの恒常的所得 (regelmässig fliessendes Einkommen) が年末まで続いた場合、いくらになるか」を計算し、 それに基づいて税率を決定します。

例えば上記の6月末日で転出した場合ですが、 実際の所得は5万スイスフランですが課税基準となる所得は5万フラン➗6/12で10万スイスフランとなり、 税率は24%となります。 これに実際の所得を掛けて税額を求めるので、5万スイスフラン×24%で1万2千スイスフラン(毎月2千スイスフラン)となります。

なお給与や配当のような恒常的所得以外に退職金などの一時所得 (nicht regelmässig flissendes Einkommen) がある場合、 こちらは海外転出時期に応じて増やすことなく、 そのままの数字を使います。

参考: Weisung des kantonalen Steueramtes über die Umrechnung der Einkünfte und der Abzüge bei unterjähriger Steuerpflicht

年度中の確定申告 (unterjärige Steuererklärung)

通常の確定申告は翌年の3月に行いますが、 年の途中でスイスから海外転出する場合、 スイス国内に代理人 (Vertreter) を立てる必要があります。 税務局からの書類・通知は全てスイス国内の代理人宛に送られ、 海外の実際の納税者には送られません。

なお代理人はスイス国内在住であることのみが条件で、 特に税理士などの資格は要求されません。

スイス転出後一週間程度で、 州税務局から代理人宛に確定申告書が送られてきます。 これを約60日程度で記入して提出する必要があります。

なお、 この時点では通常の確定申告に必要となる書類(確定拠出年金の払込証明書、医療費自己負担分の証明書など)が揃いませんが、 分かる範囲でスクリーンショットなどで代用して申告すれば大丈夫です。 年が明けて必要書類が発行されたタイミングで税務局に書類を提出すると、 それに基づいて税務局が税額を計算してくれます。

税金関連のイベント時系列順

私がスイスを転出した際に、 州や基礎自治体の税務局との間で発生したイベントを時系列に沿って並べたものです。

  • 2023年2月[地方税]
    基礎自治体の税務局が以前の所得・資産額から推定される2023年の税額を計算した結果 (Provisorische Steuerrechnung; aufgrund Vorderperiode) が通知される。
  • 2023年4月[地方税]
    村役場でスイス転出の手続きを行う。 出国後の代理人を登録するとともに、出国前に地方税の予定納税が必要な金額を伝えられたので支払いを行う。
  • 2023年7月[共通]
    スイス転出。
  • 2024年8月[共通]
    スイスの税務局から2023年出国までの確定申告書が到着。
  • 2023年10月[共通]
    2023年出国までの確定申告書をオンラインで記入して提出。
  • 2024年1月上旬[連邦税]
    州税務局から以前の所得・資産額に基づく予定納税額が通知される (Provisorische Steuerrechnung; aufgrund Vorderperiode)。支払う。
  • 2024年1月上旬[地方税]
    基礎自治体の税務局から予定納税口座の明細 (Kontoauszug) と、予定納税残額分の振込書が送られてくる。支払う。
  • 2024年1月下旬[連邦税]
    州税務局から2023年の確定申告に基づいて再計算された予定納税額が通知される (Provisorische Steuerrechnung; aufgrund der Steuererklärung)。前回の予定納税額との差額分を支払う。

    なおこの段階では確定申告書は受理されただけで、また税額は暫定。

  • 2024年2月[共通]
    スイスでの雇用主、銀行、保険会社などから確定申告に必要な書類が届く。
  • 2024年2月[地方税]
    基礎自治体の税務局から2023年の確定申告に基づいて再計算された予定納税額が通知される (Provisorische Steuerrechnung (Zahlungseinladung))。すでに支払った額より少ないため、追加支払いはなし。 なお最終的な税額が確定するまで還付は行わないとのこと。
  • 2024年3月[地方税]
    2023年の確定申告に必要となる書類(給与明細、医療保険保険料・自己負担分の記録など)をまとめて基礎自治体の税務局に提出。 基礎自治体の方で、州税務局と共有するとのこと。
  • 2024年8月[連邦税]
    州税務局による所得・資産額の査定結果が通知される (Berechnungsmitteilung; Einschätzungsentscheid)、合わせて最終的な税額も通知される (Veranlagungsverfügung)。予定納税額の方が実際の税額よりも多かったため、還付されることに。
  • 2024年8月[地方税]
    州税務局による所得・資産額の査定が終わったとの通知を受ける (Berechnungsmitteilung; Einschätzungsentscheid)。 数日後に予定納税に対する利息計算書 (Zinsabrechnung) と最終課税請求書 (Schlussrechung) が送られてきて、不足分を支払う。

用語集

ドイツ語日本語
Direkte Bundessteuer連邦税
Staatssteuer州税
Gemeindesteuer基礎自治体(市区町村)税
Kantonales Steueramt州税務局
Provisorische Steuerrechnung暫定課税請求書
Zahlungseinladung支払い案内 納税用の振込用紙が合わせてついてくる
Vorderperiode前期
Steuererklärung確定申告
Einschätzungsentscheid査定決定 税務局による所得・資産額の査定結果(地方税用)
Veranlagungsverfügung査定命令書 税務局による所得・資産額の査定結果(連邦税用)
Berechnungsmitteilung計算通知書 税務局による所得・資産額の計算詳細
Steuerrechnung課税請求書、兼、還付通知書
Schlussrechnung最終課税請求書、兼、還付通知書
Zinsabrechnung利息計算書 地方税の予定納税に対する利子計算の詳細
Kontoauszug口座明細 地方税の予定納税口座における入出金記録

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