スイス老齢・遺族・障害職業年金(BVG)

日本の年金制度は国民年金、厚生年金、個人年金と3階建てになっていますが、 スイスも似たシステムを採用しています。

このうち日本の厚生年金に相当するのが老齢・遺族・障害職業年金で、 制度を定めている法律の正式名称 Bundesgesetz über die berufliche Alters-, Hinterlassenen- und Invalidenvorsorge(職業上の老齢、遺族ならびに障害保険に関する連邦法)に由来して、 職業年金制度自体もBVGと呼びます。

老齢・遺族・障害職業年金(BVG)は名前の通り、 被保険者が定年退職した後の老後の収入(老齢年金)、 亡くなった場合の遺族の収入(遺族年金)、 後遺症が残る怪我を負った場合の収入(障害年金)を保障します。

詳細は就業形態によって変わりますが、 ここでは被雇用者の立場から老齢年金を中心に見ていきます。

目次

BVGの位置付け

スイスの老齢・遺族基礎年金(AHV)は保険料は給与・賞与等の収入に比例して増えるのに対して、 受給できる年金には大きな差がつきません。 税金に近い設計と言えます。

一方、 職業年金(BVG)では拠出額に応じて受給額が増え、 また年金受給年齢に達した際には終身年金の形で受け取る以外に一括払い出しも可能です。 運用方法や払い出しに制限がありますが、 拠出金は個人の金融資産と言えます。 一般に老齢年金の金額はAHVよりBVGの方が大きくなり、 BVGが老後の収入の柱となります。

スイス在住で職業に従事している場合、 被雇用者、失業保険受給者、自営業者いずれもBVGに加入する義務があります。

BVGの枠組み

BVGを構成する主要登場人物は、 企業などに雇われて働いている被雇用者(Arbeitnehmer)、 企業などの雇用者(Arbeitgeber)と、 職業年金保険料の徴収・運用、年金支給を行う年金基金(Vorsorgeeinrichtung)の三者です。

雇用者は自ら年金基金を運用しても構いませんし、 民間の保険会社などが運用する年金基金と契約しても構いません。 いずれにせよ、 年金基金を選ぶのは雇用者であり被雇用者ではないという点がポイントです。

保険料は被雇用者と雇用者が拠出し、 その保険料が被雇用者個人ごとの口座で管理されます。 拠出された保険料は年金基金が運用し、 個人口座の残高に応じて利子がつきます。

BVG保険料

BVGの保険料は Obligatorium(義務部分)と Überobligatorium(義務超過部分) の2階層になっています。

Obligatorium [1] は法律で定められた保険料の下限で、 ここまでは保険料を拠出する必要があります。 しかし Obligatorium だけでは老後資金が心配だという場合には、 年金基金が受け入れを認める場合、 それを超える金額を保険料として拠出して老齢年金受給額を増やすことも可能です。 Obligatorium を超過する部分を Überobligatorium [2] と呼びます。

被雇用者分の保険料は給与から天引きされ、 雇用者が雇用者分保険料と合わせて年金基金に支払います。

Obligatorium 保険料

Obligatorium の保険料は、 調整済み賃金 (Koodinierter Lohn) と年齢によって決まります。

調整済み賃金は BVG Art. 8 Koordinierter Lohn で定められており、 給与と想定賞与額の合計の内、 25,725〜88,200スイスフランの部分を指します。 実際の賞与支払額は業績などに応じて上下する可能性がありますが、 保険料は年初に確定する必要があるため、 想定される賞与額を使います。

調整済み賃金に対して年齢ごとに決められた保険料率を乗じると、 拠出が必要な保険料額が求まります。 保険料率は BVG Art.16 Altersgutschriften で次のように定められています。

年齢調整済み賃金に対する保険料率
25-347%
35-4410%
45-5415%
55-6518%

たとえば40歳の被雇用者で、 年間の給与が70,000スイスフラン、 想定される賞与額が10,000スイスフランであれば、 BVG保険料は (70,000 + 10,000) × 10% で 8,000 スイスフランとなります。

同じ雇用者が昇給して年間給与額が80,000スイスフラン、 想定される賞与額が20,000スイスフランになった場合、 合計は100,000スイスフランとなりますが調整済み賃金は88,200スイスフランの上限があるため、 BVG保険料は 88,200 × 10% で 8,820 スイスフランとなります。

BVG保険料は雇用者と被雇用者が分担して拠出しますが、 その負担割合については BVG Art.66 Aufteilung der Beiträge で「雇用者が被雇用者よりも多く支払うこと」とのみ定められています [3]。 日本のように雇用者、被雇用者が半額ずつ負担しても構いませんし、 雇用者負担を増やしても構いません。

Überobligatorium 保険料

Obligatorium 保険料は年間給与・賞与額 88,200 フランで頭打ちとなるため、 それを越える年収がある場合、 Obligatorium だけでは老後に現役時代並の生活レベルを維持できません。 年金基金によっては Obligatorium を超える保険料を拠出することで、 老齢年金額を増やすことを認めている場合があります。

なお Überobligatorium の保険料については、 BVG Art.79c Versicherbarer Lohn und versicherbares Einkommen では「保険対象となる給与収入の10倍(年間882,000スイスフラン)を上限とする」と定めているのみ [4] で、 保険料率は保険基金の裁量に任されています。

追加一時拠出

仕事をしていない期間があったり、 中高年になって海外からスイスに転居してきた場合、 年金基金の個人口座に積み立てられている年金資産額は同年代・同収入の人と比べて少なくなります。

そのギャップを埋めるために、 保険金を追加拠出することができます [5]。 この追加一時拠出金は全額被雇用者負担となり、 一時拠出を行った後の払い出しに関して細かい制限があります。

拠出金に関する課税関係

スイスでは所得に対して税金が課されますが、 BVG Art. 81 Abzug der Beiträge が定める通り、 雇用者拠出分は経費として損金算入でき、 被雇用者拠出分は個人所得から控除できます。 すなわち Obligatorium, Überobligatorium、追加一時拠出金を問わず、 BVGに拠出した保険金は非課税となります。

代わりに年金資産払い出し、もしくは年金受給時に個人所得税が課せられます(後述)。

BVG年金資産運用

年金資産運用中の課税関係

年金基金は拠出された年金資産(独:Altersguthaben)を運用し、 年金資産に対して利子を支払います。 通常、利子は他の所得と合わせて総合課税になりますが、 年金資産に関しては非課税です。

利率に関して Obligatorium については連邦政府が最低利率を定めていますが(BVG Art. 15 Altersguthaben Abs. 2)、 Überobligatorium については規定がありません。

年金基金は年金資産を株式、債権、不動産などに投資して運用しますが、 ここで得られる収益にも税制上の優遇措置があります。 またスイスの法人が海外株式に投資する場合、 通常は海外企業からの配当は現地で源泉徴収されますが、 スイスが租税条約を結んでいる場合は現地での課税も免除されます。

例:所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国とスイスとの間の条約 (財務省 我が国の租税条約等の一覧

第十条 3

2の規定にかかわらず、一方の締約国の居住者である法人が支払う配当に対しては、当該配当の受益者が、他方の締約国の居住者であり、かつ、次の又はの規定に該当する場合には、当該他方の締約国においてのみ租税を課することができる。

(b)年金基金又は年金計画(当該配当が、第三条1に規定する活動によつて取得される場合に限る。)

年金受給前に退職した場合

年金基金は雇用者と紐付いているため、 退職すると、それまでの年金基金から資金を引き上げる必要があります。 スイス国内で再就職した場合、 それまでの年金資産(拠出金+利子)は、 全額、新しい雇用者の年金基金に移管されます。

スイス国内の被雇用者ではなくなる場合(自営業者になる、海外での就職など)、 年金資産は既得給付金基金(独:Freizügigkeitsstiftung, 英:vested benefits foundation)と呼ばれる基金に移動され、 そこで年金受給年齢に達するかスイス国内で再就職するまで運用されます

既得給付金基金は国が管理・運用するものの他、 民間企業が提供するものもあり、 どこに資金を移すかは自由に選択できます。

スイスを離れて永住目的で出国する場合は移住先との社会保障協定により扱いが異なりますが、 移住先がEU/EFTA以外の国であれば、 ほとんど場合全額払い出し可能です。 移住時には払い出さずに、 年金受給年齢まで既得給付金基金で運用して、 それから受け取ることも可能です。

いずれの場合でも税金の取り扱いは変わらないため、 課税関係については次の節で取り上げます。

BVG年金払い出し

年金基金、ならびに既得給付金基金の個人口座にある資金は、 原則として年金受給年齢(通常65歳、60歳から早期受給可能)に達するまで手を付けることができません。 例外としてスイス国外に永住目的で出国する場合には、 年金受給年齢に達していなくても払い出すことができます [6]

年金基金にある資金は一括で受け取る、もしくは毎月一定額を終身年金として受け取ることが可能です。 資金の一部を一括で受け取り、残りを終身年金とすることも可能です。

既得給付金基金にある資金は、基本的には一括受け取りのみです。

終身年金

年金資金を終身年金として受け取る場合、 年金資金の金額と受給開始時の年令によって受給額が決まります。

Obligatorium 部分の年金額は BVG Art. 14 Höhe der Altersrent で定められており、 65歳で年金受給を開始した場合は年金資金の 6.8% 以上となっています。 Überobligatorium 部分の年金額については年金基金に任されていますが、 通常は 6.8% より大幅に低くなります。

終身年金受給時の課税関係

スイス在住の場合、 年金は他の所得と合わせて総合課税の対象となります。

海外の場合は租税条約の有無や現地の税制によって扱いが変わりますが、 日本在住の場合はスイスでは非課税、 日本では公的年金等の雑所得として所得税の対象となります。

参考: 国税庁 タックスアンサー No.1600 公的年金等の課税関係

公的年金等は、年金の収入金額から公的年金等控除額を差し引いて所得金額を計算します。 この雑所得となる主な公的年金等は、次のものです。

(4) 外国の法令に基づく保険または共済に関する制度で(1)に掲げる法律の規定による社会保険または共済制度に類するものに基づいて支給を受ける年金

年金一括払い出し

年金資金を一括で払い出す場合、 特に年齢などによる違いはありません。 単純に個人口座にある年金資金を払い出します。

年金一括払い出し時の課税関係

スイス在住の場合は資本引き出し税(独:Kapitalbezugssteuer)が課されます。 税額の計算は居住地の州によって異なり、 計算方法も複雑なため省略します。 参考までに、 スイスで年金資産運用を行っているフィンテック企業 finpensionVergleich und Berechnung der Kapitalbezugssteuer という解説記事を書いています。

海外在住、 あるいは永住を目的に出国する際に年金資金を払い出す場合は資本引き出し税は掛かりませんが、 代わりに基金のある州で源泉徴収税(独:Quellensteuer)が課されます。 基金が年金資金から源泉徴収税額を差し引いた上で、 残額を銀行口座に振り込みます。

源泉徴収税額は、 払い出す年金資金の金額と配偶者の有無に応じて決まる税率を掛けて求めます。 たとえばチューリヒ州で単身だと最初の 25,000 スイスフランには 6.00%、 次の 25,000 スイスフランには 6.35% などと決まっていて、 最高 8.60% まで税率が上がります [7]

永住を目的に出国する際に年金資金を払い出す場合、 速やかに手続きが済めばスイス出国前に払い戻し手続きが完了します。 この場合、源泉徴収税で納税は完了です。

出国後に年金資金を払い戻す場合、 それに対して居住国でどのように課税されるかは居住国の税制によります。 日本在住の場合、 払出額から本人拠出分を除いた金額が一時所得として課税されると思われますが、 日本の国税庁に問い合わせ中です。 なおスイスと日本での二重課税を防ぐための租税条約があり、 スイスで源泉徴収された金額は然るべき手続きを踏むことで全額還付されます [8]


  1. Obligatorium (スイス連邦社会保険局) 

  2. Überobligatorium (スイス連邦社会保険局) 

  3. BVG Art.66 … Der Beitrag des Arbeitgebers muss mindestens gleich hoch sein wie die gesamten Beiträge aller seiner Arbeitnehmer. … 

  4. BVG Art.79c: Der nach dem Reglement der Vorsorgeeinrichtung versicherbare Lohn der Arbeitnehmer oder das versicherbare Einkommen der Selbstständigerwerbenden ist auf den zehnfachen oberen Grenzbetrag nach Artikel 8 Absatz 1 beschränkt. 

  5. BVG Art. 79b Einkauf BVG Art. 79b: 1 Die Bestimmungen dieses Titels gelten auch für die Vorsorgeeinrichtungen, die nicht im Register für die berufliche Vorsorge eingetragen sind. 

  6. 居住用の住居購入のために払い出すことも可能ですが、ここでは省略します。詳細は BVG 2. Abschinitt 参照。 

  7. Merkblatt des kantonalen Steueramtes über die Quellenbesteuerung privatrechtlicher Vorsorgeleistungen an Personen ohne Wohnsitz oder Aufenthalt in der Schweiz 

  8. Rückerstattung der Quellensteuer auf Kapitalleistung aus Vorsorge beantragen