スイス老齢・遺族基礎年金(AHV)

日本の年金制度は国民年金、厚生年金、個人年金と3階建てになっていますが、 スイスも似たシステムを採用しています。 このうち日本の国民年金に相当するのが老齢・遺族基礎年金(AHV; Alters- und Hinterlassenversicherung)です。

スイスの年金制度に関して包括的なレポートが「年金と経済 Vol.39 No.3」に掲載されています (PDF) が、 ここでは特にスイス在住者の観点から、 具体的な保険料・年金額の計算方法を示します。

日本の国民年金(参考)

国民年金は20歳から60歳まで保険料を納め、65歳から亡くなるまで年金が支給されます。

  • $P_0$ 年金基準額
  • $m$ 保険料全額納付済月数
  • $m_{0}$ 保険料全額免除月数
  • $m_\frac{1}{4}$: 保険料が1/4に免除され、納付した月数
  • $m_\frac{1}{2}$: 保険料が1/2に免除され、納付した月数
  • $m_\frac{3}{4}$: 保険料が3/4に免除され、納付した月数

記号を上のように定める場合、 年金支給額 $P$ は次の式で計算されます。

$$ P = \frac{P_0}{480} \left(m + \frac{4}{8}m_0 + \frac{5}{8}m_\frac{1}{4} + \frac{6}{8} m_\frac{1}{2} + \frac{7}{8} m_\frac{3}{4} \right) $$

国民年金の保険料額・支給額は本人の所得とは無関係で、 保険料納付月数のみが変数となります。 所得が少ない場合には保険料の免除/減免措置がありますが、 基本的には保険料を支払った分だけ支給されるという受益者負担の仕組みになっています。

スイスの老齢・遺族基礎年金(AHV)

スイス居住者は原則として20歳から64歳までの44年間保険料を納め、 65歳から亡くなるまで年金を受け取ります [1]

日本の国民年金と異なり、 AHVの保険料は収入に応じて増えます。 保険料納付額が増えると支給額も増えますが支給額には上限・下限が設定されているため、 低所得者は保険料納付額の割に支給額が多く、 高所得者は保険料の割に支給額が少なくなります 受益者負担ではなく、 所得再分配に重点が置かれた設計になっていることが分かります。

AHVの保険料は就業形態によって変わりますが、 ここでは最も一般的な被雇用者の場合を見てみます。

AHV保険料

雇用者が従業員に給与、賞与などを支払ったり制限付き株式(RSU)を付与する際に、 その金額の8.7%をAHV保険料として年金基金(Ausgleichkasse)に納めます。 半額は給与などの支払いから天引きされ、 残り半額は雇用者が負担します。

この保険料に上限はありません。 たとえば給与等の額が500万円であれば43.5万円、 5000万円であれば435万円が年金基金に保険料として納められます。

参考: Lohnbeiträge an die AHV, die IV und die EO (PDF)

年金基金では、 年度ごとの給与等金額を個人口座(IK; Individuellen Konten)に記録します。

専業主婦(夫)

原則として無職(Nichterwerbstätige)であっても保険料の支払い義務があります。 ただし配偶者が働いており最低保険料の2倍以上を支払っている場合には、 専業主婦(夫)の保険料支払いは免除されます [2]

育児クレジット (Erziehungsgutschriften)

保険料納付時に16歳未満の子供を養育している場合、 育児クレジット(Erziehungsgutschriften)が付与されます [3]。 育児クレジットの具体的な額はこの時点では未定で、 年金受給時に年金の最低支給基準額3年分に相当するように調整されます。

AHV老齢年金額

Altersrenten und Hilflosenentschädigungen der AHV (PDF)

満額受給の場合

年金受給年齢に達した時には、 年金基金の個人口座(IK)には次のような情報が記載されているはずです。

年度給与等額
197050’000 SFr
197152’000 SFr
201280’000 SFr
201380’000 SFr

これから平均給与等額を計算します。

個人口座の給与等額の合計に、 AHV加入年度によって決まるインフレ調整のための定数を掛け、 さらに育児クレジットを加算します。 この金額を加入年数で割ったものが平均給与等額となります。

こうして計算された平均給与等額から老齢基礎年金(基準額)が決まります。

平均給与等額(年額)老齢基礎年金(月額)
14’700 SFr1’225 SFr
16’170 SFr1’257 SFr
19’110 SFr1’289 SFr
85’730 SFr2’430 SFr
88’200 SFr2’450 SFr

老齢基礎年金(基準額)は、 平均給与等額が14’700SFr(年額)以下の場合が最低額の1’225SFrで、 平均給与等額が増えるにつれて増加します。 ただし老齢基礎年金(基準額)の増加ペースは緩やかで、 また最低額の2倍の2’450SFrで頭打ちになります。

年金保険料は平均給与等額に比例しているので、 高所得者から低所得者への再分配が行われます。

年金額の増減

婚姻関係

保険料納付時に結婚していた場合、 その期間の給与等額は夫婦間で等分します [4]

また年金受給時に結婚している場合、 単純に両者の老齢基礎年金額が支給されるのではなく、 両者の老齢基礎年金を合計した金額が、 単身者の老齢基礎年金額の上限の150%以下になるようにキャップされます [5]

加入期間

保険料納付期間が44年に満たない場合には、 年金支給額は、 これまで計算してきた数字の $\frac{保険料納付年数}{44}$ 倍に減額されます。

年度途中でのAHV加入・脱退に際しては、 AHVを含む社会保険料として基準額以上を支払った場合は加入年数としてカウントします [6]

2023年の基準額は514SFr、 社会保険料率はAHVを含めて10.6%なので、 その年に約4’850SFr以上の給与等額があれば加入年数としてカウントされることになります。

年金受給開始年齢

通常は65歳から年金が支給されますが [7]、 最大で2年前倒し、もしくは5年遅らせることが可能です。 たとえば5年間遅らせた場合、 31.5%増しの年金額が終身で支払われます。

参考: Flexibler Rentenbezug

年金受給開始年年金額増減割合
−2年−13.6%
−1年−6.8%
 0年0%
+1年+5.2%
+2年+10.8%
+3年+17.1%
+4年+24.0%
+5年+31.5%

計算例

  • 配偶者の有無
    有り
  • AHV加入期間
    9年
  • 本人の平均給与等額(年)
    100’000SFr
  • 配偶者の平均給与等額(年)
    90’000SFr
  • 年金受給開始
    70歳

平均給与等総額が88’200SFrを超えているため、 老齢基礎年金(基準額)は上限の2’450SFrとなります。 ただしこれは単身者が年金を受給している場合で、 夫婦で年金を受給する場合は夫婦合計での老齢基礎年金(基準額)が3’675SFrにキャップされます。

AHV加入期間は9年間なので、 実際の年金額は基準額の $\frac{9}{44}$ に減額される一方、 受給開始を70歳まで遅らせることで31.5%増しとなります。

$$ 年金額 = 1873.5 \times \frac{9}{44} \times (1 + 0.315) = 503 $$

なお、上記の計算はあくまで概算です。

実際には女性の退職金受給年齢引き上げに伴う経過措置などがあったり、 AHVに関して施行待ちとなっている法律があるため、 実際の数字は多少異なります。


  1. 現在は年金受給開始年齢は男性65歳、女性64歳と差があるのですが、 2024年から65歳に統一されます。 

  2. Erdgenössische Ausgleichkasse: Nichterwerbstätige: Sie müssen keine eigenen Beiträge bezahlen, wenn Ihre Ehefrau oder Ihr Ehemann im Sinne der AHV erwerbstätig ist und mindestens Beiträge in der Höhe des doppelten Mindestbeitrags entrichtet. 

  3. Altersrenten und Hilflosenentschädigungen der AHV (PDF): Ihnen können für die Jahre, in denen Sie Kinder unter 16 Jahren hatten, Erziehungsgutschriften angerechnet werden. Die Höhe der Erziehungsgutschrift entspricht der dreifachen jährlichen Minimalrente. 

  4. AHV Glosser - Splitting: Bei der Berechnung der Rente werden die während der Ehejahre erzielten Einkommen beider Ehegatten zusammengezählt und beiden je zur Hälfte gutgeschrieben. Die Voraussetzungen zur Einkommensteilung sind erfüllt, wenn die Ehegatten in den gleichen Kalenderjahren versichert waren. 

  5. Rentenplafonierung für Ehepaare und Einzelrenten für Lebenspartner: Als Ehepaar dürfen die beiden Altersrenten von Julia und Ruedi zusammen höchstens 150 % der Maximalrente betragen. 

  6. Was Sie schon immer über die AHV wissen wollten: Minimum pro Beitragsjahr Ein Beitragsjahr wird dann angerechnet, wenn man während dessen AHV, IV- und EO-Beiträge von mindestens 503 Franken (2021) geleistet hat. Dabei werden nicht nur die Arbeitnehmer-Beiträge, sondern auch die Arbeitgeber-Beiträge angerechnet. 

  7. 現在は女性は64歳から年金を受給できますが、法改正に伴い男性と同じ65歳に引き上げられます。