ことばのつながり

国語の課題で、 この文章の言葉のつながりを矢印で書きましょうという問題がでていました。 問題「ありの巣には、いくつもの部屋があります」に対して提示されている回答は、 次のようになっています。

文章を文節に切った上で、 文節間で関係するものを探しているわけですが、 これを子供に分かりやすく説明しようとしばらく格闘した結果、 この回答をそのまま使わないほうが良いという結論になりました。

問題は2つあります。

  1. 文の内部構造として、「文と文節」という二階層しか見ておらず、その中間にある構造を無視している。
  2. 格構造における項の関係と、形容詞・副詞の修飾・被修飾関係を同列に扱っている。

文の階層分析

格構造

日本語に限りませんが、 文は述語の種類によって必要な項の数と格が決まります。

たとえば「なぐる」「たたく」といった第三者に対して直接影響を与える述語であれば、 二つの項が必要です。 1つ目の項は動作者(なぐったのは誰か?)で「〜が」の形、 2つ目の項は対象(なぐられたのは誰・何か?)で「〜を」もしくは「〜に」の形をとります。

意味役割
《ガ格》動作者
《ヲ格》もしくは《二格》対象

例文

  • 子供が 先生を なぐった。
  • 子供が 先生に なぐりかかった。

日本語は格が明確なので、 順序を入れ替えても構いません。

例文

  • 先生を 子供が なぐった。
  • 先生に 子供が なぐりかかった。

問題文の述語「ある」は様々な意味がありますが、 具体物・抽象物が存在するという意味で使う場合。

「ある」「欠ける」など関係を記述する述語では、 1つ目の項は場所・所有者(どこ、あるいは誰についてのことか?)で「〜に」の形、 2つ目の項は存在者(存在したり欠けていたりするものは何か?)で「〜が」の形をとります。

意味役割
《二格》場所・所有者
《ガ格》存在者

例文

  • この街に 図書館が ある。
  • 彼に 優しさが 欠けている。

修飾・被修飾の関係

文は単語のつながりで構成されますが、 そのうちで語彙的な意味内容を持つものは次の四種類です。

品詞原義的役割
名詞人や生き物などを指し示す私、牛
動詞動きを表す走る、たたく
形容詞人や生き物の性質をあらわし、
名詞を詳しくする
しろい、緑の、静かな
副詞動きの様子や性質の度合いをあらわし、
名詞以外を詳しくする
しろく、とても、しとしと

国語だと他にも形容動詞・連体詞などの品詞が出てきますが、 それは上のいずれかの品詞を形の上で細分化したものなので、 単語の役割を検討する際には分けて考える必要はありません。

単語「緑の」も

  • 「白い」のように単独の形容詞
  • 名詞「緑」は《ノ格》になると、他の名詞の性質・所有者などを表すようになる

いずれの解釈もありえますが、 ここではその差は重要ではないので置いておきます。

さて、 この四品詞の中で、 形容詞と副詞は他の単語を詳しく説明する働きがあります。

副詞は「しとしと降る」「とても赤い」のように他の動詞・形容詞の前に置き、 後の語の意味を詳しく説明します。 一方形容詞は「服が白い」というように文の述語としても使えますが、 「白い服」のように名詞の前に置き、 後の語の意味を詳しく説明する使い方もできます。

副詞・形容詞を他の語の前に置いて使うのを限定用法と呼びますが、 この場合には副詞・形容詞(修飾語)が詳しく説明している対象の単語(被修飾語)が存在します。

文の一部修飾語被修飾語
しとしとふるしとしと降る
白い服白い

問題文の構造

「ありの巣には、いくつもの部屋があります」という文を、 格構造を使って分析すると次のようになります。

意味役割
ありの巣には《二格》場所・所有者
いくつもの部屋が《ガ格》存在者
あります述語叙述

さらに「ありの巣には」と「いくつもの部屋が」から格を表す「二」「ガ」を取って残りの部分を見ると、 いずれも形容詞と、 その形容詞が修飾している名詞で構成されています。

名詞句修飾語被修飾語
ありの巣ありの
いくつもの部屋いくつもの部屋

項の中での修飾・被修飾関係を赤矢印、 述語と項の関係を青矢印で書いて整理してみます。

回答例との比較

回答例では文を文節に区切り、 文節間で対応づけを行っています。

文節は比較的単純なルールで機械的に区切ることができますが、 実際の文の構造とは一致せず、 また階層的な構造を扱うことができません。

問題の文で「いくつもの部屋」がある場所は「ありの巣」であって「巣」ではありませんし、 「ありの巣に」あるものは「いくつもの部屋」で単なる「部屋」ではありません。

文を読んで理解するには、 次の手順を踏むだけで十分です。

  1. 述語を見つける。
  2. 述語に対する項(誰が、なにを、どのように、なぜ、等に対応する部分)を見つける。
    • 述語の種類と格・位置によって意味が決まる。
    • 述語の種類から、必須の項の数と格が決まる。複数の組み合わせが可能なケースもある。
  3. 項の中での修飾・被修飾関係を把握する。

しかし、 ここからさらに国語で求められる回答を導き出すには、 次の人為的な記号操作が必要になります。

  1. 「ありの巣/には」を、次の二つの文節に結合・分割し直す。
    1. 修飾語「ありの」
    2. 被修飾語「巣」+格助詞「に(は)」
  2. 被修飾語から修飾語・格助詞を含む文節に関連を設定する。
  3. 格助詞を含む文節から、述語に関連を設定する。

結果を見ると本来の文に存在した階層構造が失われているので、 これから文の意味を読み解くのはむしろ難しい。

我が家の場合

子供は学校生活ではドイツ語を使っていることもあり、 できれば特定の言語でだけ通用する概念を使ったり、 説明を行うことは避けたいです。

そこで日本語に関しては文節主体の文法ではなく、 次の二点を理解できるように手伝っていくことにしました。

  • 格構造
  • 形容詞から名詞、副詞からその他の品詞への修飾関係

子供と一緒に本を読む場合は、 私が子供の知らない単語や言い回しを補足するのに加えて、 ドイツ語では代名詞(関係代名詞)が何を指しているか、 日本語では省略されがちな動作主体が誰なのかを時々質問して理解度をチェックしています。

またドイツ語は格と前置詞、 日本語は「てにをは」の間違いに気づいた場合は私が言い直すようにしています。 子供に全部言い直させると、 そちらに気を取られて読書が進まなくなりそうなので程々で。 読書を楽しんで習慣化することが大事なので。

ドイツ語の例

例文: Im Ameisennest gibt es viele Zimmer.

格構造

意味役割
Im Ameisennest《場所を表す前置詞 + Dativ》場所
gibt述語叙述
es《主格》形式主語
viele Zimmer《対格》存在者
名詞句修飾語被修飾語
AmeisennestAmeiseNest
viele ZimmervieleZimmer

ドイツ語の例では「ありの巣」を “Ameise”(あり)と “Nest”(巣)の合成語 “Ameisennest” にしていますが、 《属格》を使って “das Nest der Ameisen” でも通じます。

アクセス独和辞典 第三版(三修社)には、 次の合成語が収録されています。

単語意味
Armeisennestありの巣
Krächennestカラスの巣
Lausenestシラミの巣(転じて、汚い家や村)
Ratennestネズミの巣
Raupennest毛虫の巣
Schwalbennestツバメの巣
Storchennestコウノトリの巣
Vogelnest鳥の巣
Wespennestスズメバチの巣

これ以外でも Bienennest(蜂の巣)、Schlangennest(蛇の巣)などが使われているのを見かけます。 一方でライオンの巣を Löwennest ということは無いようです。

日常生活で見かける、 あるいは歴史的によく遭遇したものだけが合成語になっているようです。

比喩的な表現として、 次のようなものもあります。 大半は、そのまま日本語にしても意味が通じますね。

単語直訳意味
Liebesnest愛の巣恋人たちの密会部屋
Raubnest盗賊の巣窟盗賊のたまり場
Klatschnest噂話の巣噂がすぐに広まる小さな村
Wanzennest南京虫の巣ベッド

日本語との対比

意味役割日本語ドイツ語
場所《二格》《場所を表す前置詞 + Dativ》
存在者《ガ格》《対格》

日本語では場所を表す場合、 「ありの巣」「学校」など一般的な名詞の《二格》を使えますが、 ドイツ語では場所の形状や存在者との位置関係によって異なる前置詞を組み合わせます。

ドイツ語日本語
im Nest巣(の中)に
auf dem Platz広場に
an der Universität大学に
zu Hause家に

日本語でも場所を詳しく指定したい場合には、 一般的な名詞だけではなく「近く」「中」などの場所を表す名詞を組み合わせて使いますね。

ドイツ語日本語
beim Bahnhof駅の近くに
auf dem Bahnhof駅構内に
hinter dem Haus家の裏に

また頻繁に使う場合は、 副詞化して全部小文字になることがあります。 たとえば zu Hause は zuhause とも書きます。