日本語学校の国語の宿題で「次の文の主語を丸で囲みなさい」という問題が出ていました。
私が小学生のときにも同じような授業を受けたような記憶がありますが、 今になって振り返ると、 この問題も含めて学校で習う国語文法の体系自体があまり良くない気がします。
国語文法における定義
- 主語は「何が、誰が」にあたる文節。省略されることもある。
- 述語は「どうする、どんなだ、何だ」に当たる文節。通常文末に来る。
- 主語と述語の関係が文の骨格となる。
主語の定義の不明瞭さ
この定義では、 次の文章で何を選ぶべきか決められません。
- 地球は水が豊富だ。
- 子供が私にドイツ語を教える。
- 私は子供からドイツ語を教えられる。
問題は「誰が、何が」というのが
- 《ガ格》になっている名詞句
- 述語の動作主、感情・能力などの持ち主
- 述語に対して何らかの文法的な制約を及ぼす名詞句
いずれなのかが、明確に定義されていないことです。 これは
- 先生が走る
という文ではすべて一致しますが、 異なるケースも多いです。
地球は水が豊富だ
この文では《ガ格》の名詞が「地球」「水」の二つ出てきます (「地球は」となっていますが、 この「は」はもともとが「が」だったものを、 主題を明確にするために「は」で置き換えたものと考えます)。
《ガ格》の名詞を機械的に「主語」に対応させると、 この文では「主語」が複数あることになってしまいます。
主語は「動作主、感情・能力などの持ち主」だという解釈を取る場合には、 主語は「地球」になります。
私は子供からドイツ語を教えられる
主語は「動作主、感情・能力などの持ち主」だという解釈をとれば万事解決かといえば、 そうとも言えません。
- 子供が私にドイツ語を教える。
- 私は子供からドイツ語を教えられる。
これらは同じ事象を記述した文なので「動作主、感情・能力などの持ち主」は両方とも「子供」ですが、 前者の主語は「子供」なのに対して、 後者の文の主語は「私」です。
主語とはなにか?
主語は、 文の中で文法上主要な役割を果たす語のことです。 主語が果たす役割は言語によって異なり、 また主語の重要度も言語によります。
ドイツ語では文には原則として主語と動詞があり、 動詞の形は主語の人称・単複によって決まるという明確なルールがあります。
たとえばドイツ語で「走る」は “laufen” ですが、 これは「誰が」走るのかによって形が変わります。 したがって、 この文では「動作主、感情・能力などの持ち主」が主語です。
日本語 | ドイツ語 |
---|---|
私は走っている。 | Ich laufe. |
子供が走っている。 | Das Kind läuft. |
一方、ドイツ語で「料理」は “Speise” ですが、 これを「私」と「子供」が気に入った場合の例文は次のようになります。
日本語 | ドイツ語 |
---|---|
私はその料理が気に入った。 | Die Speise gefällt mir. |
子供はその料理が気に入った。 | Die Speise gefällt dem Kind. |
いずれも動詞の形は変わりません。 動詞 “gefallen” を使った文では「動作主、感情・能力などの持ち主」ではなく「対象」である「料理」が主語になるためです。
ドイツ語で文を正しく読解・作成するためには、 主語を把握することが極めて重要です。
一方、日本語でも文法上の役割から主語を定義することは可能ですが、 日本語で主語が文に与える影響はドイツ語ほど大きくありません。 小学生の読解レベルでは、 文法上の主語よりも意味役割上の「動作主、感情・能力などの持ち主」を正しく理解する方が重要です。
曖昧に「主語」を定義して「主語を探す」という問題を出すのではなく、 小学生の段階では「この文で髪が長いのは誰でしょう」などと問い、 より学習が進んで敬語などが必要となった時点で厳密な定義を導入したほうが良いと思います。
日本語文の構造
「主語と述語の関係が文の骨格となる」というのも、
- 先生が走る。
という文では成り立ちますが、 次の文では必ずしも成り立ちません。
- 地球は水が豊富だ。
- 子供が先生を叩く。
仮に主語・述語以外の要素を取り除くと、 日本語として成立しなくなります。 したがって、 残りの要素も「骨格」といって良いと思います。
- 地球は豊富だ。(非文)
- 子供が叩く。(非文)
格フレーム
日本語でもドイツ語でも、 述語によって必須の名詞句の数と、 その名詞句の格・意味役割が決まっています。
典型的なものは、 いわゆる自動詞といわれる
- 動作主だけが必須
- 「〜が〜する」という形を取るもの
ならびに、 他動詞といわれる
- 動作主と対象が必須
- 「〜が〜を〜する」という形をとるもの
ですが、 その他にもいくつか種類があります。
「主語と述語の関係が文の骨格となる」という自動詞にしか通用しない規則を一般論のように教えるのではなく、
- 文は述語の種類により異なる格フレームをとる。
- 文中の名詞句の役割は、述語の種類と格によって決まる。
と教えれば、 より幅広い日本語の文を統一的に解釈できます。
こうすれば後から英語やドイツ語を学習する場合でも、 それまでに学習した日本語の文法概念を応用して英語・ドイツ語の文法を理解できます。
走る; laufen
例文: 私は走っています。
格 | 意味役割 |
---|---|
《ガ格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
例文: Ich laufe.
格 | 意味役割 |
---|---|
《主格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
豊富だ; reich sein
例文: ボーデン湖は魚が豊富だ。
格 | 意味役割 |
---|---|
《ガ格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
《ガ格》 | 対象 |
例文: Der Bodensee ist an Fischen reich.
格 | 意味役割 |
---|---|
《主格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
《an + 与格》 | 対象 |
叩く; schlagen
例文: 子供が教師を叩く。
格 | 意味役割 |
---|---|
《ガ格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
《ヲ格》 | 対象 |
例文: Das Kind schlägt den Lehrer.
格 | 意味役割 |
---|---|
《主格》 | 動作主、感情・能力などの持ち主 |
《対格》 | 対象 |